思い出補正って何だ?? 懐古厨について
リョウです。
よく昔のゲームを持ち上げると、「懐古うぜえ」だの何だの言われますが、今回はそれについて話をしたいと思います。
はじめに断っておきますが、これから書く内容は、あくまで僕個人の経験に基づいた見解です。
(個人差もあるでしょうし、詳しく調べると男女で違いがあるようなので、その辺りを踏まえた上で読んで下さい)
思い出補正の意味
思い出補正は簡単に言うと、物事を時間の経過とともに美化する作用のことです。
良い出来事も悪い出来事も、実際より輝いて見せる働きがあります。
一見、メリットしかないように思えますが、美化、すなわち情報が均一化されることによって、補われる部分もあれば、失われる部分もあるんです。
凹んだ所は埋め合わされ、突き抜けた部分はスポイルされてしまいます。
だから、昔やったゲームを久しぶりにプレイした時に「あれ、こここんなに酷かったっけ⁉」とか、逆に「思ってたよりすげえ!!」となったりするわけです。
プレイ体験も美化される
美化されるのはゲームだけではありません。
ゲームプレイ時の周囲の環境や心境、実際にプレイした時の感情も美化されていきます。
昔のゲームをプレイすると、当時のその場の雰囲気や情景がフラッシュバックしてくる経験は誰もがあると思います。
思い出補正は一長一短です。
ゲームをプレイした時の状況が良ければ、ゲーム自体も良く感じられますし、悪ければ悪く感じられてしまいます。
正確な比較はできない
ゲーム内容の部分に関しては、今現在プレイし直せば、補正無しの正しい評価をすることは可能です。
ただ、感情に関しては難しいですね。
どうしても、記憶から引き出されてしまうものなので。
過去のものほど、人の評価は変わるし、アテにならないのも頷けますよね。
このように思い出補正を考慮すると、作品ごとの比較というものが成り立たなくなってしまいます。
でも同時に、それぞれがその人だけが作り出した、たったひとつの大切な作品でもあると言えます。
人の領域には踏み込まないようにしよう
結局、何が言いたいかというと、過去の物が良かったと言っても良いじゃないかと。
ただ、今の物を気に入ってる人に対して「あーだこーだ」言うのは良くありません。
その人の個人の感情を否定するのは当然、ネガティブな意見を伝えたりするのもダメです。
まあ、後者に限っては、掲示板なんかの不特定多数が集まる場所では良いと思いますけどね。
各人が自由に感想を発信できる場所であるはずなので。
大抵は多数決で、どちらが優勢になるかは決まってしまいますが。
少数派になった側は意見しようものなら、空気読めないレッテルを貼られて叩かれることになります。
そんな状況になってしまったら、慎重になった方が無難です。
経験上、絶対。
中には頭のネジが外れていて、徹底的に相手を潰しに掛かるタイプの人間も存在するので……。
最後に。
たまにこんな人を見かけます。
例えばシリーズもので、3作品あったとします。
1作目を褒めて2作目を貶す人を否定しますが、自分では2作目を贔屓して3作目を否定します。
これはおかしいですよね?? こういう我儘な人にはならないように気を付けましょう。
作品に対しての立場はみんな一緒です。
お互いの意見を尊重しあっていきたいですね。